台風一過、また7月の暑さが戻ってきたようです。今年の夏は例年にもまして、夏休み期間中のくまキッズ(預かり保育)をご利用される方も多く、日によって多少違いはありますが、それでも二けたの園児達の利用があります。
さて先週、家人と一緒に松本市方面に行きました。昨年11月に独りであずさ号を使い、日帰りでまつもと市民芸術館が企画制作した「子どもの庭~チャオ!バンビーニ」を見に行ったことは以前ブログでもご紹介させていただきました。(2017年11月23日付ブログ)
今回の旅行は、音楽劇の資料蒐集も兼ねて出かけました。
夏休みに入る直前の7月に年中と年長組に、今年の劇はどういうテーマにしようかと子どもたちに投げかけたところ、いろいろな意見が出てきたようです。もちろんテーマが決まったわけではなく、海のものとも山のものともわかりませんし、テーマを決め本格的に話し合うのは3学期に入ってからです。
ただいくつか出ているテーマの中で、もしかしたらこういう視点からテーマを考えた時にどうするのかという、劇の総指揮者である副園長なりの視察も兼ねて出かけました。年少組はさすがに園児達は作れないので、担任が創作劇を作り、昨年も年少組の達磨の劇にちなんで、高崎市にある達磨寺を見学してきました。家人とはプライベートな旅行をしても、とりたててこれといった話す話題がなく会話も弾まない中、今回のように仕事も絡めると、かろうじて話す機会も増えるようです。
夜の食事も光と影の照明の中でオブジェのような盛り付けと舌のみならず目で見て耳で聞き舌で味わう料理を楽しみました。地元産ワインのマリアージュも素晴らしく、アルコールの酔いもあり、少しだけロマンチックな夜になったようです。
幼児教育では時には保育者の感性が大事と感じる時があります。室内の装飾や飾り方等、園児が見つけてきたものを少し工夫して飾るだけで、うんと引き立ちます。
スタッフにも休みの日には時には感性を磨くように話す時もあります。映画、音楽、劇、舞台、展覧会等質の高い文化を体験することは保育力にもつながります。
今回はあずさ号ではなく、車派の家人の鶴の一声で車でした。私個人的には約4時間のドライブの運転はつらいものがありましたが、唯一の救いはあるSAで全く偶然に以前勤務してくれた旅行中のI先生一家にお会いして、元気な姿や近況を知ったことです。
偶然とは本当に恐ろしいものです。
松本にはそれなりに色々と回ったのですが、これはテーマとも絡むので秘密にさせてください。(笑)もっとも使えるかどうかは、今後の子ども達との話し合いにもよると思います。
さてそれとは別に合間に訪れた印象に残る建物と美術館をふたつほどご紹介します。
絵本美術館
前もって行こうとしていた訳ではなく、偶然知り訪れました。予想を超えてはるかに充実した絵本美術館でした。館内は撮影禁止なので、紹介できませんが、図書室やカフェまでありました。いせひでこ氏の原画展が開催されていました。
またおつれあいの柳田邦男氏のお話や朗読の会の企画が帰京する翌日にあり、あらかじめわかってれば参加できたのにと、少々残念な思いをしました。



旧開智学校校舎(松本市立博物館分館・重要文化財)
大学生の頃に訪れたことはあるのですが、当時はさほど興味がなく、行ったという記念的な意味合いでした。今回は仕事柄もありますが、建物の価値ももちろんですが、内部の当時の教育に係る資料が興味深く、特に明治、大正、昭和と時代が変わる中で、教育の自由と国家(公権力)による指導のはざまが開智小学校の歴史の中でも、資料を通じてその様子が見えました。子ども達の教育とは何か、私も時には自問自答しながら悩む時もあります。ふたりで2時間ほど、熱心に見学しました。ある意味一番面白いく印象に残った場所かもしれません。
また昔の夏休みの過ごし方など、もちろん今では通用しないきまりもありますが、総じて今でも大事な教えもありました。
またこの学校出身の澤柳 政太郎について触れていました。著名な教育者で大正自由主義教育運動の中で中心的な役割を果たし、成城学園創立者であり、大正大学初代学長としても著名です。
内部はフラッシュ撮影が禁止で、それ以外は自由に撮影可能でした。





フレーベルの恩物が陳列されていました。本園でも以前は使っており、今もあります。



懐かしいだるまストーブです。小学生の頃、当番で石炭を捨てに行ったり、周りが網で囲まれおり、その上部の網に給食の食パンをおいて、焼いて食べたものでした。

これも懐かしい一品です。昔は園だよりもこれで作成したものです。今のパソコンが本当に夢のようです。
- 2018/07/31(火) 23:24:06|
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