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園長ブタゴリラ☆ブログ

東日本大震災から6年目に思う

先日3月11日で東日本大震災から6年目が過ぎました。まだまだ復興には程遠いこともたくさんあります。福島原発事故もいまだに終息していませんし、故郷に帰れない人がいます。行方不明の方のたくさんいらっしゃいます。
最愛の家族、友人や知人の死と向き合った人々の現実があります。
人間は私を含めて生物である以上、いつかは死が訪れます。生きていくうえで、死と向き合う現実もあります。
でも不条理な死を含めて、「死」は悲しいものです。
昨日(日付では一昨日)日曜日に中高の同級生が急死し、同級生で墓参りと偲ぶ会を行いました。私立の中高一貫校でクラスも6年間持ち上がりで、良く悪くも青春時代を過ごしました。オリンピックに合わせた4年ごとの同窓会でも半分以上出席します。見た目はさておき、お互いに気分だけはいまだに青春というおじさんおばさんの集まりを楽しんでいます。
でもさすがに昨日の会は誰もが若すぎる死を悼み、陰膳の前で涙ぐんだり放心していました。

今から6年前、震災のあった年の秋に千葉県の私立幼稚園の連合会で震災の視察があり、私も広報担当で同行しました。会報に記事と写真を掲載し、このブログでも触れています。(2011年11月23日付ブログ)
大槌町の津波で破壊された幼稚園の惨状は一生忘れることができません。その時のブログに下記の文章を書きました。その思いは今も変わっていませんし、むしろ今の時世を考えると、僭越かもしれませんが、益々啓蒙したくなります。
立場上、小学校の校長先生や教頭先生などに話す機会がありますが、誰もが小学校の先取り教育といったことよりも、子ども同士で遊ばせ、人間関係の基礎を育んでほしいと話されます。
今は子どもの世界に親(大人)が入りすぎる時があります。昔は子どものけんかに親が入ったら、周りの親から嘲笑されたものです。
見守ることと無関心は違います。けんかといじめも違います。子ども同士で解決する力を育むことが大事です。
人間が人間を信じることで、「死」をはじめとした様々な悲しみや困難を乗り越えて、豊かな社会を作ると信じています。
また東日本大震災を風化せずに忘れることなく、各自でできる範囲で支援していきたいものです。
当時のブログの一節を掲載させていただきます

「人間が生きていくうえで時にはむきあう様々な悲しみやつらさや苦しさを救ってくれるのもまた人間だと思います。楽しみや喜びを分かち合えるのも人間です。人間力を育むのも幼児期からの教育です。今回の視察で改めて幼児教育の大切さをかみしめています。今はけんかも満足にできず、子ども同士がもまれることを避ける教育(保護者からの苦情が多くなる)が主流で、友達同士で自由に遊ぶことで心の交流をする時間をもたない幼稚園が流行っていますが、そうしたことが子どもの将来にとってどれだけ不幸か、子ども達の園生活等を通しながら若い保護者の世代にメッセージを送るのも大事かもしれません。どうしてもすぐに見えるものや結果に目が行きがちな考えの方も少なくありません。まして子どもは社会の宝ですし、未来への希望です。」

先日、城址公園にお別れに行った時に、ある方から草で創られた昆虫をいただきました。以前にもいただいたことがあります。
さりげない気づかいと子どもたちへの心遣いが嬉しいですね。今は色々な大人の方がいますが、子どもに対しても心の余裕がない大人の方が多くなった気がします。大人も昔は子ども時代があったはずですが。子ども時代に豊かな遊びを過ごした方は、余裕があるから、子ども心を理解している方が多いように思います。特に教育に係る仕事につく人は良い意味で遊び心がないと、上から目線で見がちです。教育は白黒で裁判のように判決が出せるものではありません。人間相手の仕事ですから、グレーの部分もあります。「塩梅」という気持ちが時には大事です。
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  1. 2017/03/14(火) 02:27:28|
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