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園長ブタゴリラ☆ブログ

父の日に思う

連日暑さが続きます。今日も朝から園で仕事をしていますが、温度計は30度をさしています。
さて今日は父の日です。以前は過日行った保育参観も父の日の保育参観と称していた時代もありましたが、社会の変化の中で色々な家庭や事情を鑑みて今は保育参観としています。また昨年までは父の日にちなんで「おとうさんの顔」という題で描き、自宅に絵を記念に持ち帰りましたが、今年は「大好きな人」という題で描いています。大概の園児はお父さんの顔を描きますが、今年は題を変えてみました。
そうした園としての配慮をするのはかえって本末転倒ではないのか、世の中の不条理を子ども達が知ることも大事ではないか、変に気を遣うのはかえって母子で生活している家庭に失礼に当たるのではないのか等色々と意見や考えがあるのを踏まえたうえでの決断でした。

私は世の中はある意味不条理であり、自分の思い通りにいかないことがあるのは当たり前と思っていますが、そうした中でめげずにどうしたらよいのかと前向きに考え、生きていくことが大事だと思っています。もちろんしなくて済む苦労はしないに越したことはありませんが、なかなかうまくいきません。でも時には家族や人に助けてもらったり励ましてもらったりする中で、先が見えてくることがあります。だから人間社会は面白いし、生きていけると思います。

幼稚園によっては教育方針や目標に「みんな仲良く」「みんな友達」といった言葉(フレーズ)をちりばめて、幼稚園に入園したら全員誰もが園内の誰とも仲良くなるという、魔法の国ようなイメージで入園を誘う案内を見かけます。
でも本当にそうでしょうか。私が知る限りそうした園は自園を含めて皆無です。幼稚園もひとつの社会集団です。
もちろんコンセプト(教育方針や目標)は正しいし、否定はしません。でもちょっと待ってください。クラス全員と仲良くなるのは理想ですが、ちょっと苦手だな、遊んでいても面白くないなと付き合う中で子ども同士で思うこともあるかもしれません。そうした中でけんかせずに距離をおきながら、お互いに上手につきあうやり方を学ぶことも大事です。折り合いをつける力や上手く付き合うといった人間力を学びます。また年上のおにいさんやお姉さんとのつきあいや年下の子ども達も同様です。大人社会と同じことです。
今は親が先回りしてそうした経験の芽を摘み取りがちです。中にはいじめと勘違いされる方もいらっしゃいますが、まったく違います。幼稚園で基本的にいじめはありません。もちろん自分が友達にいやなことをすれば仲間はずれにされます。でも自分の非を認めてあやまればまた仲間に戻れます。

仮に幼稚園でいじめがあるとすれば、そういう園はスタッフが園児達を「できた」「できない」だけで評価するやり方や、行き過ぎた過熱した競争原理による教育の中で起こると思います。何故なら一人ひとりの良さをクラスの中でお互いに認めあったり学ぶことができない学級経営になり、また担任も単なる数字等による「できた」「できない」という評価で園児達を判断するので、できないとされた子どもはよりできないといわれる子どもを自分がされた評価のうっ憤を晴らすべく、いじめていく構造です。心の教育とは程遠いものがあります。
そういう園は園長がスタッフを同じようなやり方で評価し、スタッフは園児達をまた評価という悪循環をたどりがちです。そのため園の雰囲気も往々にして、ぎすぎすしがちです。

例えばクラス内に縄跳びが何回か出来たかと棒グラフで示したりマラソンと称するものをしてタイムを競い、ゴールした順番に一覧表のような形で掲示したりすることがあります。マラソンについても幼児期の運動面から考えると一考あるのですが、それはまたいつか話す機会があればと思います。
競争原理は大事ですし否定はしません。でも幼児期は頑張ってできるまでの過程を評価してあげることのほうが大切です。結果よりも過程です。苦労して初めて飛べた1回の価値は100回飛べた子どもと同じ価値だと思います。でもグラフにすると大きな差がつくように見えます。保護者は○○さん(君)はたった1回しか飛べていないのねとしか見えません。でもその過程はその子どもにとっては深い意味があります。先生も数字等でみていくうちに過程をだんだん見えなくなりがちです。怖いことです。

もちろん上手に飛べたり速く走れた子どもはそのことをほめたたえるあげるのは良いとおもいますが、評価という形でわざわざ知らせることはどうかなと思います。そもそもそのようなことをしなくても、子どもたち同士で知り、○○君(さん)はこうしたことは得意だよと認めあっています。クラスの中でそれぞれの子どもなりに秀でたことをクラスの子ども同士がわかる経営に担任は腐心しなければいけません。
虫取りの上手な子どもに数字でどうやって評価しますか。ダムを造るのが上手い子、友達にやさしくできる子どもの数字の評価はどうしめしますか。縄跳びが上手に飛べたねで十分ですよね。わざわざグラフ化や数字にする意味があるのでしょうか。まして心の評価は数字で表すことは難しいと思います。数字による評価は数の意味をきちんと理解できる小学校で使うほうが良いと思います。

「不条理」という言葉から話が思わぬ方向に行ってしまいました。
園で子ども達が自分で理解したり自分の力で解決もしくは先生達の力を借りながら解決できる不条理はあってよいと思いますし、「生きる力」を育むうえで大事なことだと思います。前述した友達同士のつきあいもその一例です。
でも子どもにはどうしようもなくまたその年齢では理解しにくい不条理については幼稚園ではわざわざ触れなくてもよいのかなという思いもあります。もちろんこれから成長していく中で、その年齢に応じて理解し、世の不条理に気づいていくこともあると思います。
今回はスタッフとも職員会議でどうしようかと色々議論もしましたが、「おとうさんのかお」という題ではなく、「大好きな人」という題で描いてもらいました。

写真はこの暑さにめげずに、元気に生活しているウサギの「ちょこ」です。仲間が亡くなり、本当は友達を入れてあげたいのですが、途中から入れるとけんかしてしてしまうので、今はお独り様です。
最近ブログに登場する出番がないので、久しぶりの登場です。
園が休みの土日に餌をあげに行くと、足音でわかるのでしょうか、嬉しそうに扉を開けると寄って来てくれます。自宅の愛犬といい、最近は人間よりも動物たちに相手をしてもらえることが多いようです。(笑)
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  1. 2016/06/19(日) 13:04:36|
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