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園長ブタゴリラ☆ブログ

学校を通して親も学ぶ

入園して早2週間、だいぶ慣れてきた感じもあり、保育室で歌を歌ったり踊ったりしながら、自分達の保育室という意識が少し芽生えているようです。さすがに2年保育の子ども達は年少3歳児に比べ、1歳の年の差はこの時期大きいようです。3歳児でも早生まれも子どもさんもいますし、月齢の差は大きいようです。また入園前に子ども集団の経験が少ない子どもさんが年々増えてきているせいか、先ずは集団に慣れる時間がかかるように感じます。でも少子化や兄弟が少ない中、無理もないかもしれません。
また保護者自身、我が子しか見えない(もちろん親ですから自分の子どもが一番大事なのは当たり前ですし、良くわかりますが)と感じる時があります。
幼稚園は学校ですから先生がいてクラスがあります。クラスの人数は文部科学省で厳密に決まっています。年少3歳児は最大1クラス30人、年中4歳児・年長5歳児は最大1クラス35人と規定されています。そういう中で幼稚園にいる間中、先生がひとりの子どもだけ見ることは不可能です。我が子だけを見て欲しいと要望される方がいたら、私は幼稚園を退園されて、躊躇なくベビーシッターをつけられて、家の中で安全に過ごされることをお薦めしています。もちろんいまだ園長になってからそうした要望された保護者の方にはお会いしたことがないので、なんともいえませんが。仮にの話です。
学校に通学するということは、ある程度家庭で年齢に応じた範囲で我が子にしつけをして、学校生活ができる子どもが通園することがひとつの条件です。そういう意味でも3歳児で入園させる保護者の方が一番心配また相談されるのは、おむつの件です。でも夏休み前までにはとれると思います。

しつけと関連しますが、最近「個性」という言葉がどうも、意味合いが違って使われるように感じる時があります。
例えば飲食店で食事中に他人に迷惑をかけている子どもさんを見て、親が注意せず子ども達が騒いでいるのを見ながら、その子どもの個性だからと放任するような場面に遭遇する時があります。以前私自身一度見かねて話したことがありますが、そういう返答に茫然とした苦い経験があります。子ども自身が困ってる状態を親がこの子どもの個性だからとはき違えて、放任されている子どもが可哀想ですし、一番の被害者です、大人になってからでは手遅れです。「三つ子の魂百まで」ではありませんが、放任と個性を混同している危うさを感じます。「駄目なものは駄目」時には毅然と伝える事も大事です。特に公共の場は家とは違いますので、子どもの年齢に応じて対応してあげると良いと思います。また子どもにとってそもそも連れて行くには無理がある場所は大人が我慢することで解決することも多々あると思います。

保護者も我が子が幼稚園という集団に入った中で、我が子はもとより広い視野で子ども達の姿を通して学ぶことで、より幼児の成長の確かさを感じ、時には自分の視野の狭さに気付かれるかもしれません。でもそれが回りまわって、子育てのヒントになり、我が子に還元されると思います。
そうなればしめたものです。学校(幼稚園)は子ども集団であり、我が子もその中で時にはもまれかもしれませんが、家庭では得られない友達を通して学べることに気付かれると確信しています。
本園の「子どもとともに」はそうした意味合いも込めています。

暖かくなり、池のメダカとアメンボも賑やかです。園児たちと時折メダカの餌やりをするのですが、喜んでみています。自分たちの手を通して餌をあげくらいつくメダカを見るのも学びです。
とても浅い池ですが、水草も生え、メダカの稚魚が生まれ、初夏にはトンボも飛来します。
2006-11-04 25年度4月園庭風景、めだか 007 (800x534)
  1. 2013/04/23(火) 20:44:26|
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