FC2ブログ

園長ブタゴリラ☆ブログ

佐倉城南幼稚園の沿革

今日は午後から休みを取り、つれあいと都内の菩提寺へお墓参りに行きました。お彼岸は卒園式前で忙しく行けませんでした。墓前で卒園式を終え、無事に卒園生を送り出しことのへ報告と新しく新入園児を迎えて間もなく平成24年度が始まる事を伝えました。この学園の創立者である祖父と父が眠っています。祖父はHPの「はじめに・沿革」のところでも少しばかり言及していますが、信州の寒村の農家の次男として生まれ、小学校を卒業後農業に従事し、19歳で上京して株の仲買から、苦労して証券会社を興しました。学校法人丸和学園はその会社名から名づけたようです。証券会社社長当時にたくさんの社員と接し、人間にとっていかに幼児教育が大事かという事を知り、資産を投じて縁もゆかりもなかった佐倉に市の勧誘もあり、幼稚園を設立したのが始まりです。その頃私の亡父が教護院で、家庭的に恵まれなかったり幼少期に教育を受けられないために非行に走った少年少女の教官をしていて、幼児期の家庭教育や幼児教育の大切さを実感していただけに、祖父の考えに共感して、実質的に園長として携わりました。祖父は会社同様幼稚園も社会に広く利益を還元することが大事であると話し、手がかかる子どもほど幼児教育を必要としているという信念を持っていたようです。
今の幼児教育の変容ぶりに,二人が生きていたらどう思うか聞いてみたい気もしますが。
雨の中、お参りを済ませながら、間もなく始まる新学期に向けて思いをめぐらしています。

井出 民蔵(いで たみぞう 1898-1970)
明治31年5月26日、長野県南佐久郡南牧村海尻で農家の次男に生まれ、小学校卒業後は農業に従事、大正6年19歳で上京、新聞配達ののち叔父が経営する株仲買、井出郷助商店に入る。丸二商店で場立ち、のちに才取りをして金をため、昭和15年丸民商店を開業、同19年小出商店を合併して丸和証券社長、同24年破綻に瀕(ひん)するが、野村証券の沢村専務(後に大阪証券取引所理事長)などに助けられて立ち直る。同45年1月13日他界。
「日経ヴェリタスonline:相場師列伝」より引用。

境内にて撮影。今が見ごろです。
P1050220梅
  1. 2012/03/31(土) 23:58:19|
  2. その他
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<春の訪れ | ホーム | 遊具へのこだわり>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://jhonan.blog102.fc2.com/tb.php/1548-92907c78
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)