園長ブタゴリラ☆ブログ

宿泊保育〜その2〜陶芸

今度は陶芸を体験しに陶芸舎まで佐倉市市民の森を通って行きました。

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陶芸舎に到着し、いよいよお皿作りです。
思い思いに作っていたようです。

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それぞれ個性あふれる作品が並べられました。
9月には完成する予定です。

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使ったものは自分たちで洗います。今回の宿泊保育でも出来るだけ自分たちでできることはできるかぎりさせるようにし、私達は見守るようにしました。食事の後片付けや寝具の準備等色々ありました。
また挨拶をきちんとすることも促しました。挨拶はとても大事だと思っています。宿泊保育中も色々な人からしてもらう度に感謝する気持ちを口に出すようにと話しました。食事をはじめ皆が泊まるために色々な人が働き関わってることをしってもらうことも大切です。
世間で自分はお客だから当然だと身勝手な振る舞いをしたりえらぶる大人をたまに見聞きする度に悲しくなります。
社会はお互い様で成り立っています。

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陶芸の講師のO氏から子ども達に作った作品がこれからどういうふうにして何時完成するのかを簡単に話していただくようお願いしました。
作品が作りかけでまだ未完成の場合、作品が気になる子どももいると思います。
そうしたことに配慮して、見通しを説明してあげることで安心します。そうしたこまやかな配慮も時には必要だと思います。
ちなみに講師のO氏は卒園生で、子ども達に話すと「え〜」という声があがります。
今年もお世話になりました。

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  1. 2008/07/28(月) 00:43:39|
  2. 幼児教育への思い
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続・宿泊保育

宿泊保育が終わりました。家庭を離れ子ども同士で宿泊することで、普段の園生活とは違った友達の姿と触れ合い、つながりをより深めたと思います。
いつもいる子どもさんが一晩いないことで保護者の皆さんはどのようなお気持ちで夜を過ごされたでしょうか。色々思いを巡らしたり想像されたりした方も多かったのではと推察いたします。

午後から先ほどまで自宅にも帰らず職員室にひとり残り、宿泊保育の残務処理や写真整理をしながら、色々と宿泊保育のことを考えていました。思考する時は来客も電話もない夜更けが一番で扇風機のプロペラの音だけが聞こえる中、紙と鉛筆を使って色々書きだし消したり自問自答しながら、また教育書等を引っ張りだしながら色々考え事をしていました。

宿泊保育の様子は明日もしくは明後日のブログで掲載する予定です。29日より31日まで研修で不在のためブログもお休みする予定です。できればその前に掲載を考えています。

一昨日のブログで天気が気になる話をしましたが、お蔭様で雨に降られることもなくキャンプファイヤーも無事にできました。園児達が寝静まった午後9時前頃から霧雨が振り出し、5月の遠足といい今のところ天気に恵まれているようです。
キャンプファイヤーのスタンツ(職員劇)では年甲斐もなく役に徹し、子ども達からカブトムシといわれていました。昨年のとんぼといい、過去の魔女やお化け役にくらべ、このところ昆虫役が多い様な気がします。

偶然一緒に宿泊した千葉市のS幼稚園の園長先生とは以前からの知り合いで、たまたま隣のサイトでキャンプファイヤーの準備にいく途中に職員劇を見て、職員の劇の上手さ面白さに、相当練習したのと聞かれたので、前日に30分程度皆で通して、後はほとんどアドリブですと話したら、しきりに感心していました。

手前味噌ですが職員のこうした劇の時の臨機応変さと乗りの良さにはいつも驚嘆しています。
もっとも台本をきちんと用意してくれるのですが、私が覚えきれず劇の時にいつも変わってしまうので、そのへんの対応も鍛えられたかもしれません。申し訳ない。来年こそ用意してくれた台本をきちん読んで演じたいと思います。

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  1. 2008/07/26(土) 23:58:38|
  2. 幼児教育への思い
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木陰〜言葉を知り、学び、獲得する〜

梅雨明けをまちかねたように夏日が続きます。
同じ園庭でも夏の強い日差を遮るものがない場所と欅の大木や柿の木や銀杏で同じ照りつける日差しを遮り、涼しい場所があります。

幼児はこのような対照的な場所での遊びを経験しながら「木陰」という言葉の意味をしっていきます。
言葉を学ぶということは体験を通して言葉のもつ意味を知ることです。「木陰が涼しい」ということがわかるのは実際に太陽の光を遮るものがない場所での遊びを通してこそ暑さをしり、木陰に入った涼しさを体験しているからこそ逆に「木陰が涼しい」ということもわかるわけです。
保育室で「木陰」とは「木々の樹木や葉が日光を遮りことができる場所で涼しい」と説明したところで、「木陰」という文字としてわかっていても、「木陰」という言葉の持つ意味はわかりません。
幼児期の五感を通しての体験が言葉を豊かにし、国語力をつけ母国語をしっかり学ぶ基礎になります。それが学力です。実は幼児期の遊びはこうした言葉の学び面での学習でもあるのですが、こうした根の部分の見えないが実はとても大事な学びがなかなか理解しにくかったりもしくは誤った教育の情報を信奉しがちです。

「光」といっても様々な光があります。「雲」や「風」や「空」も同じです。
最近の教育実習にくる学生をみていると、日本語の語彙の貧しさを感じるときがあります。まして幼児のまえにたつ先生です。日本語がきちんとできないと困ります。採用試験で作文をしますが、よくわかります。
日本語は豊かな語感や語彙を持っています。言葉は使う人が次世代へ伝えていきます。
子ども達に素敵な日本語を学んでほしいと願っています。

幼児期に母国語を体験をとおして「文字」ではなく「言葉」として学べないと母国語のみならず文化も学べません。自国の言葉や文化を語れないと外国に行き、多少外国語ができても嘲笑されるだけです。
過熱する英語教育の話を見聞すると、幼児期は個人で英語教室に行く是非は自由ですが、限られた保育時間しかない幼稚園で前述してきた日本語の学びをないがしろにしてまでもするのはどうかなというのが今のところ私の見解です。

むしろ地球には色々な人が住んでいることを知る意味で英語圏の国の人のみならず様々な国の人々を招いて、園児と一緒に遊びながら「人間は色々な肌の色や言葉を使う」ことを知ることのほうが面白いかもしれません。


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  1. 2008/07/20(日) 23:59:27|
  2. 幼児教育への思い
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汗をかけない、かかない子ども達

昨日の予報では今日はプールは無理なので笹送りかと思っていたら嬉しい誤算で、急遽プールを行いました。そのため最初に入った青組が水が少なめで少し冷たかったかもしれません。通常ですと前日に入れておきます。ごめんなさい。

職員室も蒸し風呂のような暑さです。ちなみにクーラーはありません。応接室にもありません。夏に来園するお客さんは気の毒ですが。

今の子ども達は汗をかかない生活環境に育っています。幼児期は個人差もありますが発汗することも健康上大事な場合があります。

家の構造も変わってきています。以前の日本家屋は建てる土地の風土にあわせて建築していましたが、今は気密性を求める住宅も増えてきています。在来工法ですと基本的にその土地の形状(日照、風の通り等)に合わせて大工さんが考えながら家を作りましたが、今は工場である程度作りますので土地の風土や形状は基本的におかまいなしです。人に家を合わせるのではなく家に人が合わせる感じです。コスト的には確かに安いかもしれませんが、どうでしょうか。

本園は基本的に冷房はつかいません。外遊びは自然豊かな園庭で木々の緑が自然のクーラーです。園児達もどこが涼しいかがよくわかっています。そうしたことを知るのも大事な学びです。

保育室は年長や年中(黄)の前には落葉樹の青桐が夏の強い日差しをさえぎります。冬は逆に葉を落とし、日が入ります。又部屋も風通しに配慮した作りです。部屋の後ろは森のウッドデッキになっていて樹木が西日をさえぎります。
もちろんまったく暑くないといったらうそにはなります。でも汗をかくことも大事です。しかも幼児は小学校のように常時保育室にいるわけではありません。
但し以前に比べ地球温暖化の影響でしょうか。暑くなっています。3歳児はさすがに体力的な面も考慮し昨年から保育室に冷房装置(業務用クーラー)を入れています。また保健室やくまキッズ(預かり保育)の部屋も健康面や時間的なこともあり冷房装置を入れています。そういえば少し話はそれますが、くまキッズの今日のおやつはかき氷で、14人の子ども達はたいそう喜んでいたそうです。

でも今後ますます暑くなるようでしたら、年中、年長の各保育室も考えなくてはいけないかもしれません。
でも子どもの過ごす保育室よりも先に職員室にクーラーを入れるわけには行きません。大人の都合で先なんてずるいですよね。「子どもとともに」の方針が色あせます。

今日のプールの風景です。鯨のシャワーが夏の暑さを和らげます。

「子どもとともに」でもうひと言、本園はプールの時は担任は必ず水着で入ります。上にTシャツを羽織ったり短パンは禁止です。事情で入れない時は私が代わりに入ります。

まもなくある年長宿泊保育の入浴もクラス担任が子ども達と一緒に裸で入ります。裸の付き合いです。子ども達はとても喜びます。
たまに園長同士でそうした話をすると各園により実情が違います。
でもプールや入浴に先生だけ格好が違ったり中には入浴はしないで洗い場で見ているとの話を聞くと各園それぞれ事情があるにせよ、子どもの気持ちを考えた時、その差は大きいと思います。

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  1. 2008/07/14(月) 21:52:59|
  2. 幼児教育への思い
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休日

今日は幼稚園の仕事を休み、息子の野球の大会の開会式と試合の応援に行ってきました。
開会式も予想していた以上に盛大で参加チームも多く、今は色々なスポーツもあり野球の人気も以前に比べて今ひとつといわれていますが、開会式をみるかぎり、なかなかどうしてという印象を受けました。私の子どもの頃はスポーツというともっぱら野球で空き地で楽しんでいた世代です。人数は揃うにこしたことはありませんが、揃わなければ三角ベースボールでも楽しめました。

50年代生まれですので、ヒットした映画「三丁目の夕日」に出てくる情景にまだまだ共感できます。
野球、めんこ、缶蹴りが友達同士でよく遊んだ思い出深い遊びでしょうか。
幼稚園、小学生時代はとにかく友達とよく遊んだという思い出でしかありません。

ある年代までは、遊びを通して友達(人間)との付き合いを学んできました。何故ならその年代は地域がありガキ大将を筆頭に子ども集団があり、生活の周りにお金にならないような空き地があり、そこで子どもが自由に遊べました。親もその日の生活を送るのが精一杯でとても子どものことまで世話する余裕がなく、子ども達にまかせざるをえない面がありました。

今は全く反対です。だから昔に戻ればよいという単純なことではありませんし、社会が変化している中では不可能です。でもそうした子ども同士で学べる環境をつくれるのが幼稚園です。小学校は基本的に主に学習する場所です。

幼児期の子ども達に学んで欲しいひとつに「遊びを通して人間関係を学ぶ」ことがあります。人とのつながりは本や家庭では学べません。人間関係は人との接触をしなくては学べません。幼児期の人との接触は自ら自由に遊ぶことです。自由に遊ぶ中でお互いにぶつかり時にはケンカもするかもしれません。そうしながらだんだんにお互いを知ることで仲良くなっていきます。人間関係はいつも仲が良いとは限りません。色々なことがあるのは子どもの世界でも同じです。でもそうした経験を積み重ねながら人間関係を学ぶことで、大きくなってから対処する術を小さい時から経験することで身につけておけば青少年期になって困りません。

人間関係がきちんとできないとそうしたことに気になったり悩むことで勉強に気持ちが集中できず学力が伸びず、また社会にでて仕事をする時にどうでしょうか。社会は人間の集団で成り立っています。

社会にすでにそうしたひずみがでています。心ある教育者たちは取り返しのつかない社会になるのではと危惧しています。7月末の2泊3日の研修の中でひとりの教育者がそのひずみをとりあげるので実行委員のひとりとして楽しみにしています。
  1. 2008/06/08(日) 23:59:19|
  2. 幼児教育への思い
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