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園長ブタゴリラ☆ブログ

平成26年度入園受付

昨日は平成26年度の新入園児願書受付日でした。初めてご縁をいただく方、兄弟で続いてきてくださる方、久しぶりにお目にかかれた方、それこそ何十年ぶりに今度は父親や母親として我が子を入園させくださった方等色々な方にお目にかかることができ、嬉しく懐かしい1日でした。
2度の入園説明会の時も感じましたが、皆さんとても熱心に聞いてくださり、入園されるされないは別として、我が子の入園に際し真剣に熟慮して考えられている姿勢に敬意を表します。
中には遠方や園バスが回れない地域の方からも熱心にお声をかけていただきとてもうれしく、自宅近くまで園バスが来るとか給食が日々あるとかといったような利便性だけではなく小園の教育内容で選んでいただけたことに深謝し、本来ならそういう教育熱心な方にも是非ご縁をいただきたい気持ちはやまやまです。
でも子どもの最善の利益を考えると、ごめんなさいと頭を下げることしか術はありません。
なんといっても日々通園するのは子どもです。
少子化でどの園も園児募集にしのぎを削る中、何故そこまでこだわるのかといぶかしげに思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし園長としてやはり子どもの側に立ってあげたいと思います。何故なら幼稚園入園は一般的には子どもが選ぶのではなく親が選ぶため、子どもには選択権がありません。家庭ではできない園(集団)でしか出来ない時間をできるかぎり確保してあげたい思いがあります。
その一線を崩すと経営のためならなんでもありになる自分にも不安があります。そして教育をだしに、子どもの教育のためにとってつけたようなもっともらしい理由で自分(園)を弁護してしまうのではないかと思います。
理事長としては失格かも知れませんが、子ども達を裏切るわけにはいきません。

でも実は子どもには大人が思ってる以上に園を選ぶ力はあると思います。直感力や雰囲気を五感で見抜く力も相当なものです。極端な話ですが、入園を考えている複数の園でそれぞれ1日をその園のカリキュラムに近い形で過ごさせてあげ、園庭で十分遊ばせてあげた後で、どの園にもう一度遊びに行きたいかと聞くことも選択する際にひとつ考慮しても良いのでと思います。幼稚園側もそうしたことを配慮できるようなシステムに変えるべきだと思います。
園にとっても一番大事な人(子ども)が選んでくれるのは悪い話ではないと思います。

説明会の席上申し上げたように、幼稚園は同じ学校教育法また文部科学省の管轄でありながら、小学校と違い教育内容は全く違います。それだけに良く見ていただき、親が入園するのではなく、我が子が入園し通園するという視点で選ばれると子どもはとても幸せであるとご説明させていただきました。
無駄な時間や子どもの教育のうえであまり意味のない教育時間は2年ないし3年間の中で1日たとえわずか10分間でも入園から卒園までに換算すれば膨大な時間のロスです。
園バスに1時間とか乗車したらどうかなと思います。佐倉と東京まで毎日通勤するようなものです。
体育指導もそうですが、待っている時間が長すぎたり体操服の着替えの時間もどうかなと常々疑問に思っています。幼稚園教育を考える時に実は小学校教育指導要領を読むと幼稚園での教育が良く見てきます。小学校は教科としてねらいや目標を詳細に書いてあるので、体育、国語、算数、理科、社会、音楽等どの学年で何を学ぶかを示しています。親として幼稚園の次は小学校ですので色々な面で心配するのは当然です。そうした不安や思いにも幼稚園側がきちんとお答えすることは当然だと思います。そうしながら園と保護者で子どもを真ん中に手を携えながら、子どもの成長を育めるようにしていきたいものです。

昨日願書受付をさせていただき、今度は11月16日に面接や入園料納付等の入園手続きを行います。それまでまたしばらく猶予があります。もう一度本当にこの園で良かったのか考えることができる時間です。
幼児教育は保護者と園との信頼関係がなければとてもできる仕事ではありません。
初めての社会生活に本園を選んでくださった思いを大事にする意味でもこれからも子どもに寄り添い、最善の利益の追求に努めたいと思います。
入園に応募してくださった方にスタッフを代表してお礼申し上げます。

今週からホール入口のところにブリオ社の汽車セットを出しました。相変わらず人気があります。良質なおもちゃは子ども達の興味や関心を育みます。
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  1. 2013/11/02(土) 11:09:42|
  2. 幼児教育への思い
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絵を描く

今日の主活動は全学年とも先日の運動会の思いを絵で表現しました。学年により画用紙の大きさが異なります。
楽しそうに描いている様子が印象的でした。
運動会を手伝ってくれたおやじ達と2次会に行った時にひとりのおやじから小学生の姉が今開催している佐倉市の幼・小・中の美術や書写の展覧会に出品して見にいった折に佐倉城南幼稚園の子どもの絵が一枚も飾っていないので、不思議に思って、その件でつれあいに聞くと園の出品しない教育方針を聞いて、納得した話をしてくれました。おやじ達の中に美大を出て絵を教えていたおやじや小学校の教員をしているおやじ達もいて、ひとしきりその話題で盛り上がりました。
以前ブログで「絵」について話したことがあります。参考にそのブログの記事を抜粋しました。写真の後の文です。
ただ誤解のないようにしていただきたいのは、私は展覧会や賞をもらった子どもを否定したりしている意図はありません。
むしろ賞をもらうことでその子どもにとっては自信につながるかもしれません。子ども自身には何の罪もありません。すべては大人の問題です。
幼児期の絵を評価する難しさと幼児期の美術教育のあり方にいささか疑問を持っています。
個人的には写真、映画、絵画といった文化は大好きですし、生活の中で潤いをあたえてくれる、人間が生活していく中で大事な大切なものと考えています。
大人になってからもそうした文化が好きになるには幼児期の体験が大事だと考えています。

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2011年5月24日のブログより

「昨日年長と年中で先週の遠足の思い出を絵で表現しました。年中はパスで年長はパスと絵の具で描きます。
幼児の絵は心の表現といわれ、絵を描く事でその子どもの気持ちが絵の中に表現され、絵を通しの心理診断の本もあります。

絵画ですとたくさんのコンクールがあり、毎年佐倉市教育委員会主催の佐倉市幼・小・中絵画コンクールをはじめ色々な主催者から様々なやり方で出品のお誘いをいただきますが、今のところ全て辞退しています。
一番の理由としては子どもの心の表現である絵に優劣をつけたり上手下手は本当に審査員の方がわかるのかとおおきな疑問があります。小中学校ならともなく幼児期の絵にそうした賞はどうかなという思いがあります。しかも審査員は大人で、普段の園生活を知らない人が判断するのはいささかナンセンスです。同じ友達同士皆で見せ合い、「○○君の絵は遠足で遊んだ滑り台がとてもいいなあ、上手いな」と決める方がよほど的確のような気がします。
もちろん賞自体を否定しているわけではなく、時期というものがあるような気がします。
そういう賞を取ることは園の宣伝にはプラスでしょうが、幼児にとっては「賞」ということの意味合いがどれだけわかっているかはなはなだ疑問です。かけっこのように一番早く走ったから一等ということは幼児でも十分理解できますが。○○賞の種類の区別は理解できるのでしょうか。賞でも例えば「色々な色で描いたで賞」とか「大きくかけましたで賞」とか具体的な賞なら面白いかもしれません。「最高賞」か「特賞」とかいわれも幼児には難しいでしょうね。そもそも子どもの心の表現と賞の関連ははたしてあるのででしょうか。
またコンクールによってはある程度出品数を園であらかじめ選ばなくてはいけません。
選ぶなんて、私は恐れ多くてとてもできません。

小園が絵の指導で重視しているのは導入の時です。保育者はそれには周到な準備が必要です。後は実際に描き始めたら、見守るしかありません。むしろ常日頃から色々な絵の描き方があることや絵を描く材料等があることを体験させながら教えてあげることは大事です。筆の種類やパレットまた筆洗の使い方も気づかせてあげたいものです。

私も一時期、絵画について子どもの心の表現ということで、子どもの心を知りたいという一心で、いささか勉強したことがありますが、結論としては子どもの絵を通して心の動き全てまではわからないように思います。むしろ全てがわかったら怖いですね。神のようなものです。生半可な知識で下手に判断しすぎて、その思い込みで子どもの心をわかったつもりで保育するほうが怖いように感じます。もちろん保育者は初歩的な描写に係わる勉強は当然ながら必要です。幼児の絵の基本的な見方を知ることは大事ですし、放任では困ります。

大学で美術を教えてもらった恩師や知人の画家にも絵の指導のことで聞いたことがありますが、異口同音に「子どもの絵の評価は難しい、幼児期の表現に評価はどうかなあ」
もちろん色々な考え方ややり方があるのは事実です。何時も話すように教育に絶対はありません。
でもそれぞれの子どもなりに描いて、表現する気持ちだけは大事にしてあげたいと思います。」


  1. 2013/10/22(火) 17:00:39|
  2. 幼児教育への思い
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表現

汗ばむほどの陽気が続きます。年少組のかけっこのスタートの合図(笛を吹く)をしましたが、だいぶ真っ直ぐに走れるようになってきたようです。2本足で目標に向かってまっすぐ走ることが基本です。
その後は各学年とも表現の練習をしていたようです。本園は以前からよくあるポンポンや衣装は身につけません。人間の身体の美しさや手足の動きを通しての美しさを見てもらいたい思いがあるからです。確かに可愛い愛らしい衣装を着て、手にポンポンといった飾りなどをもってグランドで踊れば保護者の皆さんからは「可愛い」「愛らしい」といった言葉とともに賞賛の嵐がふきあれるでしょう。初めて入園した3歳児ならそれもありかもしれません。でも年中4歳児や年長5歳児にとって果たしてそうした言葉だけではどうでしょうか。
衣装や飾りをつけることで大人(保護者)がご覧になった時に、そうしたものに先に目がいってしまったり、子ども達も手に持つ飾りなどに気を取られがちです。シンプルなもののほうが逆に飾れない分、ごまかしがきかずより本質に迫れ、見る側と踊る側双方とも感動が深まるのではないでしょうか。
今日の年長組の表現を見ながら、子どもたちが身体ひとつで自分達の思いを伝える踊りが表現できてきたように感じました。
でも幼稚園でそういう段階を踏まえて成長しながら、小学校に入学するとまた「1年生だから」と見られてしまうのが少々残念です。運動会で1年生の表現を見ると、正直1年生だからという感じで踊らされているように感じてしまう時があります。文部科学省では幼少連携という事が盛んにいわれていますが、それも大事ですが、先ずは小学校の先生に幼稚園を知ってもらいたい思いがあります。特に年長組でも自分たちで自立してできることを知ってほしいという思いがあります。

そして私がいつも提唱しているのは3歳で1年生からはじまり1年生が4年生、6年生が9年生、中学校1年生は10年生、義務教育の最終学年中学3年生は12年生にしたらどうでしょうか。1年生は1度きりにしたいですね。平成27年度から制度が変わると言われていますが、良いチャンスではと独り思っています。

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  1. 2013/10/09(水) 19:04:38|
  2. 幼児教育への思い
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大掃除

昨日から明日までの3日間新学期に備えて、職員が出勤して大掃除を行います。掃除をしながら幼稚園内外の遊具の点検等安全確認も行います。普段の掃除ではできない箇所は学期ごとに念入りに掃除を行います。
また保育室をはじめ園舎内は無垢材が多いので、メンテナンスも大事です。
木製遊具のツリーハウス、森のウッドデッキや園庭にある木製のテーブルとベンチも皆で手分けして塗装します。

今年は例年以上に暑いので、こまめに休憩や水分補給をしながら、頑張ってくれました。
ツリーハウスを塗装中。
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建具屋さんにお願いして、各保育室内にある図鑑を置いてある無垢材の本箱はいったん表面の汚れを削り、改めて塗装して新品のように蘇らせます。
無垢材の家具(本箱)にはこうした良さがあります。物を大事に使う観点からもまた古くなっても古くなった良さが出ます。こうした環境の中で育つことで、子どもなりに得られるものがあると確信しています。
2007-03-21 25年度就職説明会、大掃除 001 (800x510)
  1. 2013/08/20(火) 23:37:03|
  2. 幼児教育への思い
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幼児教育に予算を

今晩はご覧通り固いお題です。
一昨日6月30日(日)にCRN(CHILD RESEARCH NET)が主催し、お茶の水女子大学が共催している研修に行きました。テーマは「日本の保育の課題と展望」についてです。場所は文京区にあるお茶の水女子大学です

内容は基調講演として秋田喜代美先生(東京大学教育学学研究科)がグローバル化の中で各国の保育への国の投資と保育の質についての最新の情報を話され、日本はOECD諸国の中で5歳児の保育への公費投入は最低に近く、子どもの貧困や世代を超えて貧困が受け継がれていくリスクを引き起こしている事、また保育の質について諸外国に比べ大規模な横断的な研究データがない(厚生労働省と文部科学省の2重行政)ため日本の保育と保育の質に関わるデータと子どものための育ちの成果がわかりにくいことを指摘されていました。日本ではかろうじて保育のデータはベネッセ教育総合研究所が民間でありながら、集めているようです。

「教育に予算を」というのは前述したことについてです。OECD諸国の中で教育にかける予算の割合が低いのは周知していましたが、データについては迂闊ながら初めて聞くことばかりでした。
保育の質をデータでどうやってはかるのかという思いをもたれる方も多いと思いますが、例えば2年前に「運動能力と園での保育」に関連して幼児期の運動の能力をデータ化して保育のあり方に一石を投じた調査があります。本園でも保護者の皆さんに手紙でお知らせしましたが、とても画期的なものであり、初めて幼児期の運動のあり方についてまとめた調査です。要は「自由遊びの時間が多い園ほどその園の園児の運動能力が高く、体育講師による教科的な一斉指導的な体育指導をしている園の園児のほうが運動能力は低い」という調査結果です。日本の幼児体育の第一任者の大学の先生がまとめました。私のように教育現場にいれば、日々の幼児の様子から十分納得できますが、一般の保護者の方から見れば小学校の教科としての体育から連想してしたほうが運動能力が高まると考えがちです。そういう誤解されがちな考えを振り替える意味でも、こうしたデータは大事です。現場にいれば幼児期の特性と自由遊びを通して全身運動をするほうが効果的なことは体験からもわかりますし、自由遊びですとそもそもマット運動や鉄棒運動で順番を待っている時間が必要ありません。

これは一例ですが私は保育の質を高める意味でも、そうした科学的なデータの集積も大事ではないかと思います。もちろんデータが絶対ではありませんし、個人差もあるのは重々承知です。また数字だけがひとり歩きしても困りますが、幼児教育の高い質を園児に還元するには園の保育の質を高めるのは言うまでもありません。人によっては園児数が質の高さの証拠になり、人気があるのはその園の保育の質が高い(人気がある)裏付けではないかと話す方もいますが、園児数とその園の保育の質は相関関係にあるとは言えません。子どもの入園を選ぶのは親であり、もちろん教育方針を考慮して選ぶ方もいますが、親のニーズが優先されがちです。また教育方針といっても幼児教育について前述した「幼児期の運動能力」ひとつとっても、保護者にはなかなか理解できにくいと思います。この責任は当事者である私たち幼稚園側も今までそうしたことについてなおざりにしてきたり、説明してこなかった責任があり、自省しなくてはいけません。私たち幼児教育のプロとして学びに行きたくなる保育の質の高い園は経験上、決して規模は大きくなく、どちらというと派手ではなく、むしろ地味な装いです。でも日本には子ども達が生活していくうえで、子どもと向き合える園がたくさんあり、それぞれに頑張っています。千葉県内にも複数あります。園児達はとても幸せだと思います。また大規模園ですとそもそも教職員と園児同士がお互いがわかったり、全園児一人ひとり把握するのは現実不可能です。
今後は少子化の中、今まで以上に園の保育の質が問われる時代が来ますし、個人的にも関心を持ったもらいたいと思います。
そういう観点からも幼児教育に国がお金をかけてほしいと思います。国家財政が厳しいのは承知していますが、文部科学書の予算は公共工事やその他の省庁の予算に比べたら本当に微々たるものです。他国がすでに国家戦略として教育(特に幼児教育)の重要性に気付き、動きだしている中、日本の取り組みの立ち遅れを知る機会にもなりました。資源がない日本では有為の人材の育成が国力に関わってきます。少子化でとかく甘やかされて育ちがちな子どもや子どもの自立や自律を見守れない(子どものけんかにすぐに口をはさむ親等)保護者が増える中、そうした親も子ども達の育ちを見ながら、ともに成長して欲しいと願っています。それは結果的には我が子への利益につながります。毎年、年長組の知能検査と保護者向けの親子関係テストをする中で、いま述べさせていただいたことは、年々気になり、懸念を感じる時があります。

またその後のシンポジウムでも5人の先生が「日本の保育の課題と展望」について話されました。
データからも現在の幼稚園、保育園は少子化の中で経営基盤が脆弱なため、運営に支障をきたしがちです。また人材が枯渇しがちで職員求人が困難を極める中、確保が大きな問題となっています。またそうした状況の中、当然教師の質も問われます。免許があれば誰でもというわけにも行きません。特に子どもたちと関わる人間同士のつきあいの中で影響は大きいと思います。そこにも日本の保育の質に関わる問題が指摘されます。

暗い話題ですが、日曜日の午後にもかかわらず、熱心に学ぶ人々で会場は立錐の余地もなく満員でした。老若男女様々で学生さんも混じっていました。私も休みの日はできる限り色々な研修会には行くように心がけていますが、行く度に熱心な人々の姿勢に勇気づけられます。こうした人たちが現場で孤軍奮闘している姿に日本の教育の明るい未来を感じます。帰途旧知の園長先生や大学の先生とお会いしたのも嬉しいひと時でした。

日本で最初にできた幼稚園は、1876年(明治9年)に開園した東京女子師範学校附属幼稚園(現在のお茶の水女子大学附属幼稚園)です。良い機会なので園の外側からですが、日本の幼稚園の発祥の地を見てきました。
但し園付近は撮影は遠慮くださいとのことで、写真でご紹介できないのが残念です。
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  1. 2013/07/02(火) 23:57:54|
  2. 幼児教育への思い
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